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東京地方裁判所 平成4年(行ウ)29号 判決 1992年11月20日

原告

小島均

被告

新宿公共職業安定所長塩塚弘人

右指定代理人

山田好一

外五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

一  請求

被告が原告に対し平成元年一〇月一八日付けをもってした雇用保険法による基本手当の給付制限処分を取り消す。

二  争いのない事実

1  原告は、京王交通株式会社(以下「訴外会社」という。)方南第二営業所においてタクシー乗務員として勤務していた者であるところ、平成元年九月一〇日に訴外会社を離職し、同月二七日、原告の住所を管轄する新宿公共職業安定所(以下「安定所」という。)に出頭して雇用保険被保険者離職票(以下「離職票」という。)を提出して求職の申し込みを行い、雇用保険法(以下「法」という。)及び雇用保険法施行規則に基づく失業給付の受給資格決定を受けた。

2  同年一〇月一八日、初回の失業の認定を受けるため安定所に出頭した原告に対し、被告は原告の退職理由が法三三条に規定する「正当な理由がなく自己の都合によって退職した場合」に該当すると認定したうえ、同条一項に基づき、同年一〇月四日から平成二年一月三日までの間基本手当を支給しない旨の給付制限処分(以下「本件処分」という。)をした。

3  原告は、被告の右処分を不服として、平成元年一一月二二日、被告に対して離職理由に対する異議の申立書を提出するとともに、東京都雇用保険審査官に対して審査請求をしたが、平成三年二月一四日付けで右審査請求を棄却する旨の裁決がなされた。更に原告はこの決定を不服として労働保険審査会に対して再審査を請求したが、平成三年一〇月一四日右再審査請求を棄却する旨の裁決がなされた。

三  原告の主張

原告は交通事故多発を理由として訴外会社から解雇されたのであって、自己の都合によって訴外会社を退職した事実はない。

訴外会社は原告の離職理由を「一身上の都合による退職」とする訴外会社宛の平成元年九月九日付け退職願(以下「本件退職願」という。)を偽造したものである。

四  被告の主張

原告は、平成元年九月八日の乗務中に交通事故を引き起こし、その翌日の午前九時ころ、訴外会社の事務室で直属の上司である泉課長に対して自発的に退職の申し出をし、自らの意思で本件退職願を作成して訴外会社に提出した。

なお、訴外会社は原告を採用してから離職するまで、原告が希望し、かつ、精神的、肉体的にも疲労度が少ない日勤によるワゴン型タクシーに専属的に乗務させており、原告が右交通事故の前に引き起こした三回の交通事故を原因とする減俸、乗車制限、退職勧奨等もしていなかったものであるから、原告が身体的条件、労働条件又は職場環境等により、退職することが真にやむを得なかったものであったとの客観的な事実はないのであって、原告の本件離職が法三三条二項に規定する正当な理由のある自己都合退職に該当しないことは明らかである。

五  裁判所の判断

1  原告は、本件退職願中に原告の署名捺印及び「一身上の都合」との退職理由の記載が存在し、これらがいずれも原告の筆跡とみられること(<証拠略>)につき、本件退職願は、訴外会社の要求により訴外会社の原告に対する解雇通知書とみられるワラ半紙に記載した原告の署名捺印等又は過去原告が引き起こした交通事故についての事故報告書中にある原告の署名捺印等を、訴外会社が原告に無断で複写機等を利用して本件退職願の用紙に写し取る方法により偽造したものである旨主張しているが、(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、本件退職願における原告の署名等はいずれもボールペン等の筆記用具を用いて直接本件退職願の用紙に記入されていることが認められるのであるから、原告の右主張は採用できない。

2  (証拠・人証略)によれば、原告は昭和六三年一二月に訴外会社に雇用されてから離職するまでの九か月間に、離職直前である平成元年九月八日に引き起こした交通事故のほか三回の交通事故を引き起こしたが、訴外会社は、タクシー運転手が不足していることもあって、事故の再発を防ぐため原告に対して指導・注意はしたものの減俸・乗車制限等労働条件の制約は一切してこなかったこと(殊に二回目の交通事故による被害者の損害額は四〇〇万円にも上り、訴外会社が弁護士に依頼して右賠償問題を解決した。)、離職直前に原告が引き起こした前記交通事故は人身事故ではあったが被害者は軽傷にとどまったこと及び訴外会社は乗務員が交通事故を引き起こした場合であっても、これを理由に右乗務員を解雇することはしていないことが認められ、右各事実によれば、原告の交通事故が多いとして訴外会社が原告をあえて解雇するとは考えられず、また、他に、訴外会社が原告を解雇したことを認めるに足りる証拠もない。

3  以上を総合すると、原告は、本件退職願を作成してこれを訴外会社に提出することにより、訴外会社を自己都合により退職する旨の意思表示をしたものと認めるのが相当である。もっとも、原告は、平成元年九月二七日、安定所に対して離職票を提出する際に、事故のため訴外会社から解雇された旨申告していることが認められる(<証拠略>)が、これは原告が本件離職を訴外会社による実質的解雇であると感じていたことを意味するに過ぎず、右認定を左右するものではない。

4  また、(証拠・人証略)によれば、訴外会社は原告を採用してから離職するまで、原告の希望により、疲労度が少ない日勤によるワゴン型タクシーに専属的に乗務させ、原告は右勤務により月平均三七万円の収入を得ていたこと及び訴外会社は原告が引き起こした交通事故を原因として減俸、乗車制限等の労働条件の制約はしておらず、また、訴外会社が原告に対し直接的又は間接的に退職を勧奨した事実もないことが認められるから、原告が身体的条件、労働条件又は職場環境等により退職することが真にやむを得なかったものであったとの客観的な事実はないのであって、原告の本件離職は法三三条二項に規定する正当な理由のある自己都合退職に該当しない。

5  以上によれば、本件処分は正当であり、その取消を求める原告の請求は理由がないので、主文のとおり判決する。

(裁判官 山之内紀行)

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